微生物を利用した二酸化炭素資源化

近年、地球規模の気候変動の大きな要因とされる二酸化炭素の排出削減、カーボンニュートラルの実現が喫緊の課題とされています。また我が国は利用可能な国土が狭くまた地下資源に乏しいことから、化石燃料や食料などの多くを輸入に依存しており、二酸化炭素を原料とした有用有機物の生産技術の開発が求められています。

そのような中、私たちは非光合成微生物を利用した新たなCO2資源化技術の開発を目指しています(図1-1)。現状のバイオものづくりでは、植物や藻類が光合成によりCO2から合成したバイオマスを原料として使用していますが、生物の光合成反応は非常に遅いプロセスであり、そのエネルギー変換効率は栽培作物であっても良くて0.2%程度です。加えて植物の生産には食糧生産との競合、土地利用の制限、多量の水や肥料の要求といった課題も存在します。一方で、無機触媒や半導体技術などに代表される材料化学(マテリアル)の技術を活用すると、現在一般的に使用されている太陽光発電装置でも20%以上の効率、すなわち光合成の100倍以上の効率で太陽光エネルギーを人類が利用可能なエネルギーに変換することができます。しかし太陽光発電で得られるエネルギーは電力という形態であり、マテリアル技術のみでは食糧や化成品の原料となりうる複雑な有機物を選択的に合成することはできません。私たちは、マテリアル技術とバイオ技術を融合させることで、すなわちマテリアル技術で高効率に得られる電力(および水素等の触媒電解産物)を利用し、それをエネルギー源として利用する微生物によりCO2から有用有機物を合成可能な、植物を超えるバイオマス供給システムの構築を目標としています。

進行中の研究課題

電気を直接エネルギー源としたバイオCO2資源化技術

微生物の中には電気エネルギーを直接利用し、二酸化炭素から有機物を合意性可能なものが存在します(電気合成微生物)。私たちはそのような微生物の環境からの探索、電気利用機構の解明、遺伝子操作による電気利用能の付与などを通し、新たなバイオCO2資源化技術の開発を目指しています。

電解反応で高速に合成可能な有機物を原料とする新規バイオものづくり

単純な反応速度で比較すると、触媒・電解反応によるCO2固定は生物反応よりも数桁速いです。しかし触媒・電解反応では反応選択性が低く目的の物質を選択的に合成することはできません。私たちはこの特性に着目し、電解CO2還元反応で得られる混合有機物を原料とした、新規かつ高効率なバイオものづくり技術の開発を目指しています。例えば、銅触媒を使用した電解CO2還元により得られるC2-3混合物(酢酸・エタノール・プロパノールを主成分とする混合物)を旺盛に代謝し増殖可能な酢酸菌の探索・創出を通した、次世代型飼料原料生産などを実施しています。

触媒により高速に合成可能な糖を原料とする新規バイオものづくり

ホルモース反応は、1800年代からその存在が知られている、ホルムアルデヒドから糖を高速に合成可能な触媒反応です。ホルモース反応は反応が複雑で副反応も多く生成する糖種があまりに多様であり、できた糖の生物利用性も低く実用化は断念されていました。私たちは大阪大学のグループと共同で、副反応の抑制が可能な中性条件下で金属オキソ酸塩を触媒として使用することで比較的選択性が高く効率的な糖合成が可能であることを見出し、触媒合成糖のバイオものづくり原料としての可能性を提示しました。触媒合成糖には主要な糖種として、ribuloseのような一般的な糖に加え、炭素鎖が分枝した五炭糖、3位にカルボニル基を持つ六炭糖、L型糖など、天然にほとんど存在しない糖も含まれており、それら希少糖・非天然型糖を代謝する微生物の探索や代謝経路遺伝子の同定などの研究を進めています。

関連する研究成果

総説論文

  • 加藤創一郎. Biomass 4.0:微生物による脱光合成型CO2資源化技術の可能性. 微生物生態学会和文誌 (2024) 39: 14-21. [PDF]
  • 加藤創一郎. 電気を使って生きる微生物. モダンメディア (2021) 67: 483-487. [PDF]
  • Sasaki K, Sasaki D, Kamiya K, Nakanishi S, Kondo A, *Kato S. (2018) Electrochemical biotechnologies minimizing the required electrode assemblies. Curr. Opin. Biotechnol. 50: 182-188. (Review article) [Pubmed]
  • Igarashi K, *Kato S. (2017) Extracellular electron transfer in acetogenic bacteria and its application for conversion of carbon dioxide into organic compounds. Appl. Microbiol. Biotechnol. 101: 6301-6307. (Review article) [Pubmed]
  • *Kato S. (2015) Biotechnological aspects of microbial extracellular electron transfer. Microbes Environ. 30: 133-139. (Review article) [Pubmed]

原著論文

  • コリネバクテリウムを使用し、触媒合成糖がその生育・物質生産の気質となりうることを実証               Tabata H, Nishijima H, Yamada Y, Miyake R, Yamamoto K, Kato S, Nakanishi S. (2024) Microbial biomanufacturing using chemically synthesized non-natural sugars as the substrate. ChemBioChem. 25: e202300760. [Pubmed] [プレスリリース]
  • 金属オキソ酸が中性条件下でホルモース反応を触媒し高速かつ高選択的な糖合成が可能であること、また非天然型を含む触媒合成糖が土壌微生物群により完全に消費されうることを実証     Tabata H, Chikatani G, Nishijima H, Harada T, Miyake R, Kato S, Igarashi K, Mukouyama Y, Shirai S, Waki M, Hase Y, Nakanishi S. (2023) Construction of an autocatalytic reaction cycle in neutral medium for synthesis of life-sustaining sugars. Chem. Sci. 14: 13475-13484. [Pubmed] [プレスリリース]
  • Sporomusa属の酢酸生成菌が細胞外電子伝達能(個体鉄の還元能)を持つことを実証    Igarashi K, *Kato S.(2021) Reductive transformation of Fe(III) (oxyhydr)oxides by mesophilic homoacetogens in the genus SporomusaFront. Microbiol. 12: 600608. [Pubmed]
  • 金属鉄粒子を電極代替とすることで電気合成微生物を容易に培養可能であることを実証    *Kato S, Yumoto I, Kamagata Y. (2015) Isolation of acetogenic bacteria that induce biocorrosion by utilizing metallic iron as the sole electron donor. Appl. Environ. Microbiol. 81: 67-73. [Pubmed]