第22回ERATO共生進化機構先端セミナー
講師: 柏山 祐一郎 博士(福井工業大学 環境情報学部 教授)
演題: 植物への道: 盗葉緑体実験細胞ラパザは何を語るか?
日時: 2023年4月7日(金)16:00 (JST)~(参加費無料・要事前登録)
- 講演会ポスターはこちらからダウンロードいただけます。
講演要旨: 光合成は真核生物の発明ではない。バクテリアの中で醸成されたテトラピロール分子の光増感作用を利用した光を利用する複雑な仕組みの中から、おそらく25億年より少し前には地表の普遍的な物質「水」を電子ドナーとする酸素発生型光合成が発明された。これを実装したシアノバクテリアは、原生代後半(15億年前以降)における大気海洋系への酸素供給の主役であったと考えられる。当時、現存真核生物の共通祖先はミトコンドリアを獲得していたと考えられ、この酸素を供給する光合成生物とは高い親和性があった。やがて、その一系統において、シアノバクテリアを内包化して葉緑体化させた「広義の植物」(=光合成をする真核生物)が登場した。地球大気の酸素分圧は8億年前以降に急増しほぼ現在の大気組成に達したが、これは、海洋の基礎生産者の主役が「植物」に置き換わったことで、生物地球化学循環が激変したためであろう。しかし「植物」の進化はさらに続き、「植物」細胞を葉緑体化させる進化が繰り返され、極めて多様な「植物」(二次植物)が登場し、事実、中生代以降の海洋では、これら二次植物が主要な基礎生産者となった。
このような葉緑体の獲得進化については、従来、従属栄養性の真核細胞が光合成をする細胞を内部共生させることに始まり、これを徐々に支配・スリム化させていったという、いわゆる「細胞内共生説」が主流であった。しかしこれは、進化の帰結(「共生体」ゲノムや複雑な包膜系などの痕跡を残しているなどの事実)からの憶測の域を脱し得ず、進化のプロセスやメカニズムを科学的に検証することには困難であった。「葉緑体化」の明確な中間段階を示す生物は知られておらず、その初期段階とされた藻類共生体を持つサンゴやミドリゾウリムシなどでは、実質的に分子レベルでの融合的な進化の証拠はほとんど認められていない(例えば共生藻は単独培養可能)。一方で、近年、他生物の光合成能力を一方的に収奪する「盗葉緑体現象」が様々な真核生物の系統で見つかってきた。この「盗」葉緑体は一過的にしか機能を維持できず、恒常的に収奪が繰り返されるが、それら収奪の様式に多様性が認められる点が、細胞内藻類共生の例と異なる特徴であろう。
ラパザは(Rapaza viridis)、そのような盗葉緑体生物の一例ではあるが、従来の例では認められなかった際だった特徴を多く有している。例えば、ラパザは盗葉緑体による光合成に絶対的に依存する。藻類細胞を貪食して葉緑体のみを選別して分割利用することを繰り返すというダイナミックな細胞動態を示す一方で、光をエネルギー源として無機物を利用する点では植物そのものだとも言える。しかし他と一線を画する最大の特徴は、極めて多様な「植物」からの水平転移に起源を持つラパザ核ゲノムコードの葉緑体因子群の存在である。我々は、これら核ゲノムコード因子群が実際に緑藻テトラセルミス(Tetraselmis sp.)から収奪した盗葉緑体の内部へ輸送発現されていることを証明する研究の過程で、遺伝子サイレンシングや形質転換系の確立など、ラパザ細胞を実験生物学に適用可能な系として整備してきた。さて、このようなホスト核ゲノムコードと葉緑体ゲノムコードの因子群によるキメラ相互作用という高度な「融合」を示すラパザは、従来概念的にのみ想定されてきた葉緑体進化の中間段階を彷彿とさせる。ただし、これはラパザの生活環の中で日常的に繰り返されるダイナミックな現象であり、長い時間をかけて徐々に進化するプロセスとは似て非なる点は留意すべきであろう(つまり「中間段階」とは限らない)。それでもラパザは、異種生物の分子間相互作用によるオルガネロイドの制御の確立という視点から、実験生物学的に進化の一端を検証できる有望な研究対象になることが期待される。
関心ある方々の参加を歓迎いたします。
主催: ERATO深津共生進化機構プロジェクト
連絡先: 深津 武馬(生物プロセス研究部門首席研究員、t-fukatsu@aist.go.jp)