遺伝子発現のデザイナー:外来遺伝子の発現を思いのままに操るための人工的な転写ネットワークの開発

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転写、すなわちゲノムからmRNAの合成は最も基本的な生物学的過程の一つです。一般的に、細胞は数千に及ぶ遺伝子を発現していますが、多細胞生物の1種類の細胞が発現している遺伝子セットは分化した細胞ごとに異なっています。したがって、転写は、その細胞が発生の過程でどのようにして祖先細胞から分化し、分化状態を維持しているかということと同義であるといえます。

近年、たった4つの転写因子Oct4, Sox2, KLF3, Mycによって一度分化した細胞が全能性を持つ幹細胞(iPS)にリプログラミングされるという発見は、基本的に我々は細胞の分化(すなわち遺伝子発現)を思いのままにコントロールしうるということを示していますが、現在のテクノロジーではこれらを制御することはまだできていません。そのためには、転写にかかわる複雑なcis及びtrans因子群の相互作用をより深く研究し、正確に理解する必要があります。

例えば、転写装置のエンジンとしての基本あるいはコアプロモーターは真核生物において構造が進化上保存されていることもあり、良く調べられ、記載されてきました。しかし、細胞種特異的な遺伝子発現の原理である、エンハンサーやサイレンサーは広大なゲノム配列の原野の中に埋もれており、ゲノム配列を見ただけではすぐにはわかりません。最近のシーケンス技術の進歩によって短時間かつ現実的なコストで非常に膨大な量のゲノム配列を手に入れることができるようになりました。このような新しい次世代シーケンシング技術、バイオインフォマティックスを活用した比較ゲノム解析により、これまで困難だった制御可能な遺伝子発現や様々な細胞の様々な分化状態において作動しうる人工的な転写ネットワークをデザインし、構築すること、これが、我々が目指す未来のバイオテクノロジーとしての「プロモーターエンジニアリング」です。

具体的には以下のような研究テーマを現在進めてきています。第一に、次世代シーケンサーを用いた微生物からヒトに至る多様な生物におけるゲノム、特に転写調節領域の比較解析手法の確立。第二に、似て非なるゲノムを持つ近縁種が多数存在する小型魚類メダカをモデル生物とした近縁種比較ゲノム解析による短い双方向性(SAB)プロモーター及び細胞種的(例えば神経細胞)特異遺伝子発現の時空間制御にかかる転写調節領域と制御可能なプロモーターのデザイン。第三に、遺伝子・転写調節領域・転写因子、ncRNAなどゲノムが持つ機能を大規模にデザインし、改変したものを生物や細胞に実装・検証するための技術開発を進めています。