酵母における有用物質生産のためのタンパク質発現技術は、様々な有用物質生産のために多くの研究がなされ、既に成熟した技術と考えられております。しかしながら、酵母ゲノム中にはタンパク質発現のために重要な技術要素(例えばプロモーターやシグナルペプチドなど)が多数存在しているのにも関わらず、従来のタンパク質発現技術では限られた技術要素のみが利用されております。そこで、高精度なゲノム情報を活用可能な出芽酵母を宿主として、酵母ゲノム中に存在する未利用な技術要素を活用することで、従来よりも優れたタンパク質発現技術を開発し、それらを実際の有用物質生産に応用することを目的としています。
(1)酵母におけるゲノム情報を利用した高効率なタンパク質発現系の開発
ヒト等の高等生物由来のタンパク質を高効率に生産するため、出芽酵母における低温適応機構を利用したタンパク質発現系の開発を進めています。本システムは、出芽酵母ゲノム情報を利用し網羅的遺伝子発現解析を行うことによって、 低温条件において高い発現量が得られるようデザインしました。本システムを用いて緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現させた結果、酵母細胞内における可溶性タンパク質の約50%まで蓄積可能であることがわかりました。さらに本システムの改良を進めるとともに、創薬や産業に有用なさまざまなヒト由来タンパク質の生産に適した新たな発現系の開発に取り組んでいます。
(2)バイオエタノール生産酵母における効率的なキシロース代謝のための遺伝子発現系の開発
出芽酵母は本来高いエタノール生産能力を有しており、グルコースからのエタノール生産に広く利用されています。一方、木質系バイオマスの糖化液の主成分は、グルコース、キシロースおよびリグニンであり、野生型の出芽酵母ではキシロースからエタノールへの変換能力を実質的に有していません。そのため、出芽酵母を用いたキシロースからのエタノール生産にはキシロース代謝に関わる酵素遺伝子群を導入した遺伝子組換え酵母が用いられており、キシロースからエタノールへの変換効率向上のため多くの研究がなされております。
しかし、現在のキシロース代謝酵素遺伝子群発現系はそれらの発現量を精緻に調節することはあまり考慮されていません。そこで、酵母ゲノム中に存在する多様なプロモーター等を用いて各酵素遺伝子の発現量を適切に制御することで、出芽酵母におけるキシロースからエタノールへの変換効率の向上のため、技術開発を進めています。
また、バイオエタノール生産では、高温や酸性条件など、比較的厳しい条件での高効率なエタノール発酵が要求されます。そのため、自然突然変異によって耐酸性・耐熱性が付与された酵母株の次世代シーケンサーを用いたゲノム解析等を行うことで、耐酸性や耐熱性に関わる有用変異を探索し、バイオエタノール生産酵母に両耐性を簡便に付与可能な遺伝子発現系の開発を進めています。