PET原料製造廃水の効率的処理技術の開発に成功

トピック

微生物生態工学研究グループ 黒田 恭平 主任研究員、成廣 隆 研究グループ長らは、国立大学法人 北海道大学大学院工学研究院 環境工学部門 中屋 佑紀 助教、佐藤 久 教授ら、国立大学法人 長岡技術科学大学技学研究院 環境社会基盤系 幡本 将史 准教授、技術科学イノベーション系 山口 隆司 教授ら、独立行政法人 国立高等専門学校機構 鹿児島工業高等専門学校 都市環境デザイン工学科 山田 真義 教授、山内 正仁 教授らとともに、ペットボトルなどに用いられるポリエチレンテレフタレート(以下「PET」という)の原料であるテレフタル酸を含む製造廃水の効率的な処理技術を開発しました。

この成果は国際学術誌「Water Research」にオンライン掲載されました。

(リンク: doi.org/10.1016/j.watres.2024.121762

 

 

図1

 

研究の背景

 PETは、合成繊維やペットボトルなどの製造に広く使用されるプラスチック原料です。2015年にはプラスチック生産量全体の8~10%が生産され、近年の年平均成長率も11%に達しています。ペットボトルは主にPETから作られ、2016年には世界で約4,880億本が生産されています。PETは極めて需要の高い材料であるため、その市場規模は世界的に拡大しています。その結果、処理を必要とするテレフタル酸を含む製造廃水の排出量もさらに増大することが予想されています。このような背景から、テレフタル酸製造廃水に対して、PETの需要増に対応可能な効率的かつ安定した処理技術が求められます。

テレフタル酸製造廃水は、主に嫌気環境下で生物学的に処理されています。しかし、主成分であるテレフタル酸やp-トルイル酸といった芳香族化合物の微生物による分解は容易ではありません。河川や海洋へ放出することができる基準値を満たすために、処理後の廃水の処理時間を長くする、廃水処理システムの容積に余裕をもたせる、廃水を水で希釈するなどの工夫が必要となります。それらは導入や運用におけるコストの増大をもたらしています。テレフタル酸製造廃水の処理の効率化は、PET消費量が増大する社会の要請に応える技術であり、高い需要が見込まれます。

そこで本研究では、PET原料の製造廃水に着目し、難分解性の芳香族化合物を含有するテレフタル酸製造廃水に対してもう一つのPET原料であるテレフタル酸ジメチルの製造廃水を混合し処理することで、芳香族化合物分解の鍵を握る微生物群の分解能力を活性化することを着想し、PET原料製造廃水の一括処理システムの確立に向けた研究開発を進めてきました(参考文献1)。その中で、テレフタル酸ジメチル製造廃水に含まれるギ酸が水素を利用するメタン生成アーキアとテレフタル酸などの芳香族化合物を分解する嫌気性共生細菌を活性化することを見出しました。一方で、テレフタル酸製造廃水に含まれる高濃度の酢酸や安息香酸がテレフタル酸やp-トルイル酸といった廃水主成分の分解を阻害することも確認しました。この課題を克服するため、新たな微生物保持担体として緑色凝灰岩(グリーンタフ)を用いたメタン発酵促進試験を行い、酢酸や安息香酸からのメタン生成速度を高める効果を確認しました(参考文献2)。加えて、嫌気性共生細菌の生理学的特徴やゲノム情報から、PET製造廃水に含まれるエチレングリコールが有機酸分解細菌やメタン生成アーキアの活性化に寄与することを見出しました(参考文献3)。

そこで今回の研究では、テレフタル酸製造廃水のさらなる効率化を目指し、これまでに得られた微生物学的知見を活かした緑色凝灰岩および栄養基質の添加によるバイオスティミュレーション技術を廃水処理反応器に応用することで、新しいテレフタル酸製造廃水の処理技術を提案します。

 

研究の内容

 テレフタル酸製造廃水のメタン発酵処理では、テレフタル酸とその異性体およびp-トルイル酸の分解がボトルネックであることが知られています。その原因として、副成分として安息香酸や酢酸が含まれていることと、テレフタル酸やp-トルイル酸の分解によっても安息香酸や酢酸が生じてしまうことが挙げられます。本研究では、これらを効率的に分解するため、内部2段上昇流嫌気(ITUA)反応器を開発しました。ITUA反応器は、単槽型の内部2段構造です。下部の第一段には直径1~5 mmの緑色凝灰岩顆粒が充填され、酢酸を含む有機酸と安息香酸を分解する微生物群の活性化に効果を発揮します。上部の第二段には汚泥顆粒が充填され、廃水中に残存するテレフタル酸やp-トルイル酸などの主成分を処理するためのメタン生成アーキアおよび嫌気性共生細菌が定着しています(研究成果の概要図参照)。嫌気性共生細菌が利用できるエチレングリコールをテレフタル酸製造廃水に添加して、メタン生成アーキアと嫌気性共生細菌の強固な共生関係を構築し、ITUA反応器内のこれらの微生物群を活性化させました。

テレフタル酸製造廃水の異なる運転条件を設定した5つの期間において、その処理効率やメタンガスへの転換効率、微生物叢の変化に関する1,026日に及ぶ連続データを取得しました(表1)。基本とする廃水の組成は、以前の産総研プレス発表「ペットボトル原料製造過程における難分解性廃水の効率的な処理に成功」(2022年5月13日)で報告したものと同様です。試験開始前のスタートアップ期間においては、この時に運転した上昇流嫌気性スラッジブランケット(以下「UASB」という)から採取した汚泥顆粒を上段に、緑色凝灰岩を下段に充填したITUAリアクターとしての運転を中温条件(37℃)で行い、汚泥顆粒の馴養を行いました。

運転期間1と2および3、4、5では同じ廃水濃度・組成に対してエチレングリコールやギ酸添加の有無における廃水の有機物除去率、フタル酸異性体およびp-トルイル酸の除去速度(単位容積あたり1日に除去する有機物量)を評価しました。その結果、流入有機物濃度8,410 mgCOD/Lのテレフタル酸製造廃水に100 mgCOD/Lのギ酸のみを添加した運転期間1と比較して、100 mgCOD/Lのギ酸と500 mgCOD/Lのエチレングリコールを添加した運転期間2では、フタル酸異性体とp-トルイル酸の除去速度が1.07–1.08倍に増加しました。このようにエチレングリコールの添加が各基質の有機物除去速度を高めることが分かりました。

次に、より高濃度の廃水処理条件として、流入有機物濃度12,591 mgCOD/Lのテレフタル酸製造廃水に対して、栄養基質なし(運転期間3の高濃度処理時の14日間)、100 mgCOD/Lのギ酸添加(運転期間4の28日間)、100 mgCOD/Lのギ酸と500 mgCOD/Lのエチレングリコールを添加(運転期間5の21日間)の条件で有機物除去率および各基質の有機物除去速度を比較しました。その結果、運転期間3から4ではギ酸添加によりわずかに有機物除去率および有機物除去速度の上昇が見られました。運転期間4から5では、ギ酸に加えてエチレングリコールを添加することで、フタル酸異性体の除去速度が1.08–1.34倍に増加し、有機物除去率も5%増加しました。結果として、廃水の有機物除去速度はこのようにITUA反応器を用いた栄養基質の添加実験により、微生物活性を促進するバイオスティミュラント効果を実証し、フタル酸異性体やp-トルイル酸の除去速度を向上できることを確認しました。運転期間5においては有機物除去速度が11.0 kgCOD/m3/dayを記録し、これは我々が以前に達成した有機物除去速度6.6 kgCOD/m3/dayの約1.7倍を示しました(表1、図2左)

 

表1

 

本研究で着想したバイオスティミュレーション技術の微生物学的効果を検証するため、ITUAリアクターの第2段に充填した汚泥顆粒に存在する微生物叢の解析を行いました。その結果、エチレングリコールの添加前後(運転期間1と2もしくは運転期間3と5の比較)において、テレフタル酸およびその異性体とp-トルイル酸を分解すると推定される嫌気性共生細菌(シントロフォハブダスやペロトマキュラム)が、微生物叢全体に対する割合で1.3〜2.1倍に増加することを確認しました(図2右)。この結果から、第1段に充填した緑色凝灰岩とエチレングリコールの外部添加により、第2段の汚泥顆粒でテレフタル酸やその異性体、p-トルイル酸を分解する微生物が集積されたことで、より高濃度のテレフタル酸製造廃水を効率的に処理できたと考えられます。この理由として、エチレングリコール添加や緑色凝灰岩の効果により、ITUA反応器下段での嫌気性共生細菌とメタン生成アーキアによる安息香酸や酢酸などの阻害物質の分解が促進されたと推定されました。

 

図2
図2 既報の廃水の有機物除去速度と本研究の比較(左)とエチレングリコール添加前後における芳香族化合物分解微生物群の存在割合の変化(右)。
          ※図1右は原論文の「Figure 6」の図を引用・改変したものを使用しています。

 

今後の展望

本研究で開発したITUA反応器および廃水処理に関わる微生物のバイオスティミュレーション技術を活用し、テレフタル酸製造廃水のような阻害物質を含有する廃水へ応用することで本技術の適用範囲の拡大を目指します。また、緑色凝灰岩およびエチレングリコール添加によるバイオスティミュレーションのメカニズムを微生物・遺伝子学的に詳細に解明することで、より効率的な廃水処理技術を開発します。

 

謝辞

 本研究の一部は、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費助成事業「基盤研究(B)(一般)(JP 18H01576)」(2018年度~2021年度)および「基盤研究(B)(一般)(JP21H01471)」(2021年度~2024年度)の支援を受けて実施しました。

 

専門用語の解説

メタン生成アーキア

全生物は大きく分けてバクテリア(細菌)、真核生物(ヒトなどを含む動物、植物、真菌など)、アーキア(古細菌)に分類される。アーキアには、高温、強酸性、高塩分濃度などの極限環境で発見されるものや同じアーキアを宿主として生育する非常に小さいものなどが知られている。無酸素環境下において、メタン生成アーキアは水素や二酸化炭素、メタノール、酢酸などからメタンガスを生産可能。嫌気性廃水処理に必要不可欠な微生物である。

嫌気性共生細菌

無酸素環境下において、テレフタル酸や安息香酸といった芳香族化合物や、プロピオン酸や酪酸といった揮発性有機酸を分解する微生物。これらの化合物の分解反応は水素濃度が高い環境では進行しないが、メタン生成アーキアなどの水素利用性微生物が共存することで水素が速やかに除去され、低水素濃度環境が保たれることで分解が可能となるため、嫌気性廃水処理プロセスにおける有機物分解とメタンガス生産にとって、嫌気性共生細菌とメタン生成アーキアとの共生関係が重要となる。

緑色凝灰岩(グリーンタフ)

火山灰が海底等で堆積し凝固した岩石であり、緑色の凝灰岩のこと。秋田県大館市などで採掘され石材/環境資材として利用されている十和田石などがある。

バイオスティミュレーション

一般的には汚染された土壌や地下水などに生息している微生物に対して外部から物理化学的刺激を与えることで汚染物質の浄化を行う手法を示す。廃水処理では、汚泥顆粒に存在する微生物群を活性化させるために外部から物質を供給したり、担体等を添加するなどの方法を示すことが多い。

微生物叢

さまざまな環境に生息する多種多様な微生物の集合体。「マイクロバイオーム」ともいう。

上昇流嫌気性スラッジブランケット(UASB

有機物をメタンと二酸化炭素まで分解し、エネルギー源としてのメタンガスを回収できる技術。この反応器は廃水処理システムの一種であり、反応器内に高濃度の嫌気性微生物集塊(汚泥顆粒)を保持させ、下部から流入した廃水を上昇流で処理する。

馴養

廃水処理プロセスに使用する汚泥を処理対象となる廃水にさらすことで、汚泥の微生物叢を廃水処理に適した組成に変化させる工程。

有機物除去率

廃水中の有機物全体のうち、無機化することにより除去できた有機物の割合のこと。ここでの有機物除去率は化学的酸素要求量(COD)に基づいて計算している。

バイオスティミュラント

一般的には農業資材に用いられる比較的新しい概念のことであり、添加することで土壌、土壌微生物や植物体などの生理状態を活性化させ、作物の品質や収量を向上させるなどの効果を持つ資材などを示す。本研究では、農業とメタン発酵の両方でバイオスティミュラント効果を確認している緑色凝灰岩を用いた。

 

参考文献

  1. Kuroda et al., High-rate cotreatment of purified terephthalate and dimethyl terephthalate manufacturing wastewater by a mesophilic upflow anaerobic sludge blanket reactor and the microbial ecology relevant to aromatic compound degradation. Water Research. 219: 118581. DOI: doi.org/10.1016/j.watres.2022.118581
  2. Kuroda et al., Assessing the effect of green tuff as a novel natural inorganic carrier on methane-producing activity of an anaerobic sludge microbiome. Environmental Technology & Innovation. 2021. 24: 101835. DOI: doi.org/10.1016/j.eti.2021.101835
  3. Kuroda et al., Elucidation of the biodegradation pathways of bis(2-hydroxyethyl) terephthalate and dimethyl terephthalate under anaerobic conditions revealed by enrichment culture and microbiome analysis, Chemical Engineering Journal. 2022. 450: 137916. DOI: doi.org/10.1016/j.cej.2022.137916

 

本件に関する問い合わせ先

国立研究開発法人 産業技術総合研究所

生物プロセス研究部門 微生物生態工学研究グループ

主任研究員 黒田 恭平

研究グループ長 成廣 隆

〒062-8517 北海道札幌市豊平区月寒東2条17丁目2-1

k.kuroda@aist.go.jp(黒田恭平)

t.narihiro@aist.go.jp(成廣隆)